
――
それから、アンちゃんは、自分が納得いく波を求めて、タヒチ、フィジー、オーストラリア、バリ、ハワイと、世界中をサーフトリップしますよね。今までで、一番大きかった波は。
菅原
ノースショア(ハワイ・オアフ島。サーフィンの聖地ともいわれる)だね。サンセットで10フィートぐらいかな。だけど、ノースにはずっと通ったけど、一つもいい思いをしたことはないよね。
――
そうなんですか。一番、印象深かった波はどこですか。
菅原
マウイだな。ホノルア(マウイ島西部の世界的サーフスポット)の8フィートぐらいの波で、テイクオフからもうずっとチューブ。二人でも入れたくらい。前でボディーボーダーが乗っていたんだけど、全然余裕なの。両手を広げても波面に触らないぐらいの、デカいチューブだったね。
――
マウイには長年通われていましたよね。
菅原
ホノルアには15年間、通ったね。で、最初の7年間、声も出さずに、ルールを守って、海で会ったサーファー全員とあいさつしていたら、突然ローカルサーファーの一人が、「私はあなたをリスペクトします」と。「何で」と聞いたら、「毎年来て、黙々と波乗りをしている」と。「その姿勢に惚れました」と。で、「今日パーティがあるんだけど、ぜひ来てくれないか」って言われたのよ。行ったら、自分の歓迎パーティだった。
――
へえ。
菅原
そこにローカルが50人ぐらい集まっていて。全員とあいさつとハグをして、紹介されて。みんなと知り合いになったの。その7年目からは、海で波待ちしていると「アンちゃん、ゴー!」「アンちゃん、ゴー!」って波を譲ってくれるようになった。それからは我が物顔、というのは冗談だけど(笑)。
――
ハワイもそうですが有名なサーフスポットでは、世界中からサーファーがやってきて海は混雑してしまいます。結果、地元のサーファーとビジターがもめたりすることが少なくありません。アンちゃんの「お邪魔します」という謙虚な姿勢がローカルサーファーの心に響いたんでしょうね。アンちゃんらしいエピソードですね。自分のサーフショップも持って、世界中を旅して、まさにサーファー人生の絶頂でしたが、いきなり暗転してしまうんですよね?
菅原
50歳になった時だよね。茅ヶ崎の西浜でサーフィンをしていたんだけど、その日は珍しくバックウォッシュが発生していた。

――
バックウオッシュは、沖からの波と岸から沖へ戻るカレントがぶつかってできる波ですよね。サーファーにとっては、とても危険なコンディションです。
菅原
「あっ!?」と思った時には、脚が自分の顔の横まで曲がっていた。
――
えっ!? 想像するのもちょっと・・・。
菅原
それまでもケガはしょっちゅうあった。骨を折ったり縫ったりは普通に。これまで50針ぐらいは縫っているし、骨も12、13本折ってきた。だけど、この時は1カ月も寝たきりになるほどの重症だった。
――
その間はサーフィンもできないですよね。
菅原
いや、それどころか、一生サーフィンができないほどの重症。もう人生真っ暗だよ。
――
それまで人生のほとんどを、サーフィンに費やしてきたのに・・・。
菅原
もう、何一つ楽しいことを考えられなかった。
――
アンちゃんにとって、人生のどん底といってもいいかもしれません。そのような最悪の状況から復活できた理由は何だったんですか。
菅原
やっぱり、サーフィンだね。再び海に出たいという思いが救ってくれた。ずっとリハビリをがんばった。
――
どんなリハビリをされたんですか。
菅原
アルバイトでゴルフ場で働いたのよ。ゴルフ場って歩くじゃない。草むしりをしたり、木に登ったり、いろいろ体を動かして・・・。1日約10キロ以上歩くから、それがリハビリ。アルバイト代ももらえるし(笑)。
――
前向きな姿勢はポジティブな性格のアンちゃんらしいな、と思います。で、サーフィンはいつくらいからできるようになったんですか。
菅原
半年後くらいかな。その時はもう感激だったね、超感激。この世がもうひっくり返ったみたいに嬉しかったね。立てた、良かったって。もうできないのかと思っていたから。ところがどっこい・・・。
――
ん!? どうしたんですか。

菅原
坐骨神経痛に悩まされてね。いろんなマッサージを施術を受けるようになった。「ここはすごそうだ」って、いろんなところに足を運んだ。カイロプラクティックやリンパマッサージ、経絡・・・。それぞれ良いところはあって、良くはなるんだけど、もみ返しが半端なかったり。
それで自分でいろいろと勉強をしているうちに・・・。
――
人の体に興味を持つようになった。
菅原
そう。それまでサーフショップで、お客さんの壊れたサーフボードをさんざん直してきたんだけど、ボードを直している場合ではない、人の体を治したい、となったわけ。
――
自らのケガがアンちゃんを整体の道に導く、人生のターニングポイントとなったわけですね。

Photo/N.Kimoto