PART01.「大島から茅ヶ崎まで泳いで渡ったら、すごく感動するだろうな」と思った。

――

おそらく、100人中100人が謎だと思うんです。
どうして大島から茅ヶ崎を泳ごうだなんて
思ったのだろうと。

鈴木

そんなに変人ですか(笑)

――

はい、常人ではないです。

鈴木

きっかけは、地元茅ヶ崎のカヌークラブに入って、
アウトリガーカヌーで大島まで漕いで行ったことですね。

――

COCC(茅ヶ崎アウトリガーカヌークラブ)ですね。

鈴木

ええ。ある日、クラブを運営しているマサさん(塩沢正光)が
「大島に行くぞ!」と言いだしたんです。
「とんでもないこと言うな、この人」って思いましたよ。
そんなこと思いもしませんでしたから。

2008年の夏に、6人乗りのアウトリガーカヌーを
10人くらいのクルーが交代で漕いで大島まで行ったんです。

――

いかがでした?

鈴木

遠さを実感しました(笑)。
でも、こんなところまで手漕ぎの舟で来られるんだ!
という感激で、全身の鳥肌が立つような、
強烈な感覚でしたね。

で、これを泳いで渡ったら、
もっとすごい感動だろうなぁ、と思った。

――

どうしてそう思うかな?(笑)

鈴木

なんでなんでしょうね(笑)。
でも、思いついてしまうと、うずうずするんですよ、
やってみたくて。

――

泳ぎに相当な自信がないと思いつきませんよね。
水泳を始めたのは?

鈴木

子どものころ小児喘息だったので、
その改善になるんじゃないかと
親がスイミングスクールを勧めてくれたのが
水泳との出会いです。

水泳は楽しくて、小学校6年生のとき
北関東水泳競技大会(茨城、群馬、栃木の対抗戦)で
優勝したこともありました。
中学にあがっても水泳は続けて、種目は200m自由形、
中距離ですけれど、練習をしすぎたせいか、
中2になりたてで両肩を疲労骨折しっちゃって。

――

あらら。

鈴木

医者からは、水泳はもうやめなさいと言われたんですけれど、
やめたくなくて、
毎日、プールでずっとバタ足をしていました。

スイミングスクールでは高校生も一緒に練習するんですけど、
バタ足って遅いから、周りにははっきりいって邪魔。
「おまえ、邪魔だよ!」って、あたり厳しかったですね。
嫌な思いはしましたけれど、
でも、なんでだろう、続けましたね。

で、中2の終わり、
受験もあるし、これを最後に引退しようと出場した3月の大会で、
久々に腕も使って泳いだら
全国中学校の標準記録を切っちゃったんです。
キック力がついて、異常なくらい速くなっていた(笑)。

――

面白い。災いを転じて福となすですね。

鈴木

標準タイムをクリアしたので、
中3で出場した全国中学校水泳競技大会で、
優勝候補を打ち破って、いきなり優勝。

「誰だ、あいつは?」って。
みんなびっくりですよ。
1年間バタ足練習ばかりで試合に出ていませんでしたから、
まったくのダークホース。
その試合で注目され、
水泳の推薦枠で東京の高校へ進学することになったんです。

――

やはりオリンピックを目指した?

鈴木

いえ、正直、想像すらしていませんでした。
全中で優勝できたのはラッキー。
スイマーとして自分は二流三流だとわかっていましたから。
一緒に寮生活をした同期は、
小さい頃からオリンピックに出るという目標が明確で、
実際、彼はアテネ五輪に行きました。
森隆弘。僕は想像もできなかったですね。

鈴木

親元を離れて東京での高校の寮生活は辛かったです。
ホームシックにもなったし、キツかった。
タイムも全然伸びなくて。

高3年のインターハイで、50m自由形で3位になって、
明治大学に進学することになったんです。

――

あれ?超短距離ですね。

鈴木

大学時代も50m、100mの短距離選手でしたから、
昔のことを知っている人は、大島泳断チャレンジと聞いて
「なんでお前が⻑距離?」って驚いていました。

――

短距離と長距離では違う?

鈴木

練習方法が全然ちがいます。
短距離の練習は筋力トレに近い、瞬発力を高める練習が基本。
通算すると1日20kmくらい泳ぐこともありましたが、
インターバルを入れながらですし、
普段の練習で⻑距離を泳ぐことはなかったですね。
長くても1500mくらいかな。
なので、⻑距離を泳ぐ自信はまったくなかったです。

――

初めての泳断挑戦は2009年。
すでに社会人でしたよね。

鈴木

2002年に入社してからは、趣味で泳ぐことはありましたが、
3年くらい水から離れていました。
あるとき弟が茅ヶ崎でライフセーバーをしていたこともあって、
週末にボランティアでサザンビーチのライフセーバーに参加したんです。

体力を持て余していたし、錆びた泳力でも人の役に立つし。
なにより海にずっと居続けられるのが気持ちよかったですね。
ライフセービングの大会にも参加するようになりしました。

――

競泳選手はライフセービング競技も強い?

鈴木

競泳とライフセービングは全然違いますね。
ライフセービングは海を知らないとできない。

例えば、ライフセーバーは沖に出るときには
リップカレント(離岸流)がどこにあるかを見極めて、
これを利用します。
波を越えるためにはドルフィンスルー。
波が大きいときは、深く潜って海底の砂をつかんで流されないようにして、
波をやり過ごしてから底を蹴って浮上するなんて技もあります。

オリンピックスイマーでも、いきなり挑戦して勝てる世界ではないです。

マネキンキャリーという競技で3連覇しました。
これはプール競技なんですけれど、
泳いで25m先に沈んでいる溺者に見立てたマネキンを抱えて、
また25m先のゴールを目指して泳ぐんです。

日本代表としてアジア大会や世界大会にも出場させてもらいました。
大学時代に活躍できなかったから、素直に楽しかったです。
社会人だったから有給をとっての参加でした。

――

やっぱり、すごい。

鈴木

でも、だんだん満足感が薄くなっちゃって。
ライフセーバーの活動は続けましたが、競技はやめてしまいました。

――

それは、なぜでしょう。

鈴木

社会人だから夜遅くまで仕事で、練習する時間がない。
本当のベストじゃなくて、許す範囲でのベストじゃないですか。
達成したときの喜びって、
不確実な未来に向けてエネルギーを注いだぶんだけ続く。
そんなに努力しないと、たとえ勝ったとてしも、
⻑くは続かないものだなと感じたんです。

――

そんなときに大島までカヌーを漕いで、大島泳断を思いつたわけですね。

鈴木

あたり前ですけど、競技って人と競い合うじゃないですか。
大島を泳いでも、表彰台もないし、賞状もメダルもない。
自分でやってみたいこと、
できたらすごいなと思うことを単純にやるだけ。
人と競うこともなく、ただ自分と向き合う。
究極の自己満足の世界。

26歳の自分にとっては、
そっちのほうがやりたいことだったんでしょうね。

TO BE CONTINUED
2021/10/04