PROLOGUE

自宅近くの海からいつも眺めていた烏帽子岩*。
そのはるか沖合に浮かんで見える伊豆大島(以下、大島)。
2009年8月、会社員だった僕はこの大島から茅ヶ崎海岸までを初めて泳断した。
潮の流れもあれば波もある。
サメや毒クラゲといった危険な生物もいる海。
何が挑戦に突き動かしたのか。
どのようにして成功させたのか。
そして挑戦は何かを変えたのか。

大島を目指した時から、「ストロングな人」との出会いも始まった。
STRONGHEARTの原点はここなんだと思う。

*サザンオールスターズの曲にもよく登場する、茅ヶ崎のシンボル。

PART02.超長距離の練習方法がわからない。試行錯誤のトレーニング。

――

まわりに大島泳断は公言したんですか?

鈴木

自分でもできるかどうか見当がつきませんでしたし、
「あいつは海の怖さを知らない」だとか、
「海を舐めている」だとか言われるのも嫌だから、
最初は内緒でしたね。

でも、ですよ。
大島までは直線距離で60km。
単純計算すれば20時間くらいで泳げそうじゃないですか。

――

想像できません(笑)。
ということは1時間3kmペース。
ええと、換算すると25mを30秒くらいの速さになるのか。

鈴木

ざっくり10kmを3時間くらいの計算で、
蛇行したり潮に流されたりして距離が伸びても
20時間くらいあればゴールできるんじゃないかなと。

逆算すると、
練習で50kmを15時間くらいで泳ぐことができれば、
単なる無謀なことではなく、
チャレンジと呼べるものになるとは思いました。

それから、平日は毎朝出勤前にプールで4〜5km、
週末は海でのトレーニングをメインに始めました。

――

会社員なのに、すごいハードですね。

鈴木

でも、肝心の超長距離を泳ぐ練習方法がわからない。
ノウハウがない。
インターネットで調べても、
誰もそんなことしてないからわからないんです。

模索しながらのトレーニングでしたね。
走ったことのない距離も走ったし、
もう手当たり次第。
3月の海でも10km泳ぎました。

――

3月の海で?

鈴木

相模湾には「冷水塊」と呼ばれる冷たい水の塊があって、
そこに入ったら10数℃の冷たい水の中を泳ぐことになる
と聞いたので。
それってどんな感じなんだろう、
経験しておいたほうがよさそうだな、と思って。
本番に活きる練習がしたい。
練習のための練習じゃ意味がないじゃないですか。

――

裸ででしょう?

鈴木

ただただ、もう、ひたすら寒かったですね。
筋肉が硬直して、関節が伸びなくなってくるんです。
OC2(2人乗りのハワイアンカヌー)に伴漕してもらって、
江ノ島を往復したんですけれど、距離よりも寒さですね。
あれは辛かった。

――

よくやめようと思わなかったですね。

やると決めたのだから、やるしかないです。

――

いや、みんなそう思うけど、
だいたい途中でやめちゃうじゃないですか?

鈴木

そこは僕、ネジが跳んじゃっているのかもしれない(笑)。
海では2、3週間おきに長距離の練習をして、
距離を20km、30kmと伸ばしていきました。

40kmの練習をする前日には、
前の夜にお酒をガンガン飲んで、
あえて二日酔いの状態で泳いでもみました。
フラフラなら60km泳ぐ感覚に近いんじゃないかと思って。
こんなことやっちゃダメですけどね。
必死でした。

――

実際に長時間、海で泳いでみないと
わからないこともありそうですね。

鈴木

想定しないことが、いろいろ起きました。

10時間を超えるくらいになると、
口の中がピリピリしてくる。
海水で唇だけじゃなくて口の中も切れちゃうんです。

口を閉じてればいいんでしょうけれど、
泳ぐときはリラックスして、水中では口はダランと、
うっすらと開いていますから。

――

痛そうですね。
口内炎くらいしか、思い浮かばないけど。

鈴木

あと、バタ足。⻑時間していると、
水を蹴る足の甲側が、打撲なんでしょうね、
捻挫したようにパンパンに腫れてくる。
これもかなり痛かったです。

――

足の甲が、そんなことになるんだ。

鈴木

水分は30分おき、
食事は1時間おきと決めてやっていたんですけれど、
栄養補給も何を食べたらいいのかわからないから、
いろいろ試しました。

まず思い浮かぶゼリー系の栄養補助食品ですが、
これは瞬間的にワッとパワーは湧くんですけれど、
火に藁をくべるようにすぐ燃え切ってしまう。
あと食事がゼリーだと、おなかが空いちゃって。
おなかが空いてくると筋肉痛が出てくるんですよ。

――

初めて聞きました。

鈴木

これは今でも体感する不思議な現象なんですけれど、
おなかがすくと筋肉痛が出る。
常にエネルギーを補給し続けていると筋肉痛にならない。

なんなんでしょうね、あれ。

コンビニのおにぎりやパスタも試しました。
こちらはパワーが持続しますね。
それはいいんですけど、ただ食べたあとに、
めちゃくちゃ眠たくなるんです(笑)。

――

寝ちゃダメでしょう。

鈴木

でも、眠りながらでも泳げることがわかったし(笑)。

――

寝ながら泳げるって(笑)

鈴木

結局カロリーじゃなくて、
何から摂ったエネルギーかが大事で、
本番ではおにぎりとかパスタとか冷やし中華とか、
腹持ちのいいものを採用しました。
なにより食べたいものを食べるほうが、
ストレスがたまらなくていいんです。

――

食べるときはどうやって?

鈴木

水中から伴漕するカヌーのアマ(転覆防止のための浮き)に
腕をかけて食べます。
ただ、後半になると口の中が切れているから、
おにぎりを食べるのも痛くて、痛くて。

――

素人としては、海で一番怖いのはサメです。

鈴木

サメ対策を調べていて、
自衛隊が〈シャークシールド〉というものを使っていることを
知ったんです。
特殊な波形の電流を発生させる装置で、
水中に流れる微弱な電流を嫌ってサメが近寄ってこない
……のだそうで、
本当に来ないのかどうかはわかりませんが。

で、伴漕のカヌーに装着して海で試したんです。
すると、想像以上に電流で体がピリピリして、
けっこう痛い。
常にクラゲに刺されている感じなんですよ。

――

サメ除けの効果はありそうだけど、それも嫌ですね。

鈴木

自衛隊員やダイバーはウェットスーツ着るじゃないですか。
たぶんウェットを着たら大丈夫なんじゃないかな。
店の人も、まさか裸で泳ぐとは思わなかったのでしょう。

――

いくらぐらいするものなのですか?

鈴木

確か1つ十数万円くらいしたかな。
バッテリーの持続時間に限界があるので、
2つ買いました。
まったく他に活かせない資産ですよね。
使えるとしたら罰ゲームくらい(笑)。

練習でもサメはよく見かけました。
明け方と日没によく現れましたね。
気分はいいものではありませんが、仕方ないです、
海なのだから。

――

海のコンディションにも大きく左右されるでしょう?

鈴木

想像以上に風の影響を受けるのには驚きました。
本番で向かい風となる北風が吹いたらお手上げです。
どんな風が吹くかを見定めてチャレンジしなきゃ、
と思いました。

あと、潮ですが、
大潮の日のほうが満ち潮の浜に寄せる力を利用できそうな
気もしたんですけれど、
考えてみれば20時間以上泳ぐのだから、
満ち潮引き潮、両方あるわけで。
それなら潮の動きの少ないほうがいいんじゃないか、
と小潮の日を狙うことにしました。

――

経験を積みながら、距離を伸ばしていったわけですね。

鈴木

これを泳ぐことができたら、
いよいよ本番と決めていた50kmの練習日。
夜明けとともに江ノ島方向に泳ぎだして、折り返して平塚方向へ。
これを繰り返したんですけど、
50km泳ぎきる前に日が暮れました。

ちょうどゴールするくらいに、
夜空に花火が上がったのが印象的でしたね。
偶然、茅ヶ崎の花火大会だったんです。
花火の音に驚いたボラがポンポンとジャンプして、
それがバンバン僕の顔や体に当たってくるんです。
痛くって、すごく邪魔でしたね。

そういえば、夏の海って夜光虫がすごく綺麗なんですよ。
真っ暗な海で、水をかくたびに腕が蛍光グリーンに
キラキラ、キラキラって光るんです。
あれは経験した人にしかわからない美しさだろうなあ。

TO BE CONTINUED
2021/10/15